多摩動物公園へ行こう!
動物園にいるイヌワシ
〜その1〜
数千メートルの上空を飛翔し、断崖絶壁で子育てを行うイヌワシを観察し続けるのはとても困難なこと。そのため、野生にいるイヌワシの生態については、知られていないことが少なくありません。研究者でさえそんな状況ですから、一般の人にとってはなおさらのこと。野鳥観察に慣れていても「イヌワシに出会えたら奇跡」という人もいるほどです。では、イヌワシを確実に見るにはどうしたらいいの? ひとつには、動物園に行くことでしょう。日本にもイヌワシを大切に飼育している動物園が数カ所あり、なかには繁殖に成功している園もあるのです。はたしてイヌワシはそこでどんな暮らしをしているのでしょうか? 1958年の開園以来、多くのイヌワシを飼育してきた多摩動物公園を訪ねました。
3つのケージに分かれて暮らすイヌワシたち
多摩動物公園の中央通りともいえる道を、イノシシやヤクシカ(屋久島に生息するシカ)などを眺めながら歩いていくと、「ワシタカ広場」にたどり着きます。いくつものゲージのなかに見えるのは、チョウゲンボウやハチクマ、フクロウなど中・小型の猛禽類。その横にあるひときわ大きなゲージを見上げると、チョウゲンボウとは比較にならない大きさのワシ2羽が仲良く枝の上に寄り添うのが見えました!
なんともあっけないほどのイヌワシとの出会いです。
「ここは一番大きな繁殖ケージです。だから、2羽しかいませんが、この裏側にフライングケージがあり、そちらにはもっとたくさんのイヌワシがいますよ」と、多摩動物公園でイヌワシの担当をしている中島亜美さん。彼女の案内で裏側へとまわると、さらに大きなドーム型のケージが現れました。中を覗くと、15羽はいるでしょうか。予想以上にたくさんのイヌワシの姿がありました。野生ではペアもしくは一羽でいることが多いイヌワシが、何羽も寄り添うようにして枝に止まっているのはとても不思議な光景。折々、ケージの内縁を沿うようにぐるりと飛ぶイヌワシもいます。羽を広げると2mにもなるイヌワシ。間近で見ると、その堂々とした体の大きさに圧倒されてしまいます。
中島さんは日々、このケージの中に入り、彼らの世話をしています。
「危ないと思われるかもしれませんが、イヌワシは木の枝の上の方に止まることが多いので、繁殖期に警戒心が強まり威嚇するときでもない限り近づいてはきません。だから、手間はかからない生き物といえるかもしれませんね」
人の気配に敏感なイヌワシらしい特徴です。多摩動物公園のイヌワシは、現在2つの繁殖ケージと保護ケージ、フライングケージに分かれて飼育されています。中島さんが担当するのは保護ケージとフライングケージ。朝の見回りと夕方の餌やりの毎日2回、イヌワシの世話を行います。
「フラングケージは毎日は掃除しません。たまに、池の清掃や餌の置き場を拭いたりする程度。朝は見回りを兼ねて前の日の食べ残しを回収して、夕方に餌をあげます。餌は、馬肉と鶏の頭を与えています。最近は駆除された鹿の肉をいただき、餌にすることも時折あります。また、やはり毛がついた丸のままの動物を食べることも大切なので、ラットをあげることもあります。繁殖しているペアの場合、餌のほとんどはラットですね。内臓もあるので栄養価も高いんです」
実際に、中島さんがフライングケージの中に入り、餌を数カ所に置いく様子を見せてもらいました。中島さんの動きをじっと窺うように見ているイヌワシたち。餌を置いても、すぐに飛びついてくることはありません。イヌワシの繊細さを気遣って、餌やりは素早く行われます。わずか数分後に中島さんがケージを出ると、少し時間を置いて、ようやく1羽のイヌワシが切り株の上に置かれた餌をついばみ始めます。鋭いくちばしを使って、器用に餌を食べる姿を近くで見られるなんて、とても貴重な瞬間のようにも思えてきます。
上/ケージの中を上手に飛翔するイヌワシ。目の前を大きなからだで飛ぶ光景は圧巻です。中/多摩動物公園でイヌワシの担当をしている中島亜美さん。下/夕方、ケージの中に入り、餌を数カ所に置きます。
空の孤高の王者は、やっぱり繊細な生き物
イヌワシの他にも、コウノトリ、タヌキ、イノシシなども担当している中島さん。2013年に多摩動物公園に入園し、すぐにイヌワシの担当をすることになったそう。
「大学生のときに野生動物の研究室に入っていたのですが、そこは哺乳類がメインで、私はツキノワグマを研究テーマにしていました。だから担当になったとはいえ鳥のことはほとんど知らず、何もかもがぶっつけ本番(笑)。最初は作業をこなすことで精一杯で、餌やりも掃除も、ひたすらやってみて覚えました」
担当になると、接するうちにそれまで知らなかった生態が見えてきて、その動物に愛着が湧いてくると話します。
「フライングケージの中にはオオワシもいるのですが、色も目立つし、大きくてかっこいいと来園者の方には評判がいいんです。でもオオワシは、このケージだと広さが足りないのか、意外と飛び方が不器用でケージの中ではバタバタしてしまう。その点、イヌワシはとてもうまく飛びますね。目つきもキリッとしていてかっこいいですし(笑)」
中島さんにとっては、イヌワシならではの繊細さが印象的だといいます。
「先輩の担当者には、神経質な生き物だからなるべくそっとしておいたほうがいいと教わったのですが、本当にその通り。例えば、怪我などで治療のために捕獲した個体を、治療が終わって放すと寝込んでしまうんです。どんな動物も捕まえられることは嫌ですから、保定されることがストレスなのはわかるのですが、イヌワシは本当に動けなくなってしまう。まるでショックで落ち込んでいるような……。しばらくすると、動いたり、飛んだりするのですが、本当に人の手にかかりたくない生き物なんだなあと思いました」
人間の手にかかりたくない、イヌワシの孤高さ。動物園にとっては、一面では手間がかからないとも言えますが、やはりなかなか扱いが難しい動物なのです。特に繁殖期のイヌワシは非常に警戒心が強いことでも知られています。しかし、長いイヌワシ飼育の歴史をもつ多摩動物公園ではこれまでに何度も繁殖に成功しています。
次のストーリーでは、その歴史を紹介します。
上/餌を置いてしばらく待っていると、一羽が颯爽とやってきました。下/ケージの網に近い切り株は、イヌワシがどのようにくちばしや爪を使って食事をするのかを知る格好の場所。
2017年2月12日更新