多摩動物公園へ行こう!
動物園にいるイヌワシ
〜その2〜
多摩動物公園の歴史に刻まれる優秀ペア
現在、多摩動物公園にはイヌワシの繁殖ケージが大小2つあります。大きいケージにいるのは、望(オス)と小町(メス)。小さいケージには、青嵐(オス)と楓(メス)というペアが飼育されています。この小町が、何度もの繁殖に成功していて、現在、フライングケージにいるイヌワシの大多数を、小町の子どもたちが占めているそうです。
多摩動物公園では1958年の開園以来、イヌワシを飼育しています。初めの1羽は上野動物園から寄贈されたもの。千葉県の九十九里浜で保護された個体だったそうですが、そのイヌワシは1966年に亡くなってしまいます。それから、数羽のイヌワシが多摩動物公園にやってきたもののどれも亡くなり、長期飼育が定着しない困難な時代が続きます。
ところが1984年、「青梅」と名づけられたオスのイヌワシがやってくると、その状況が一変します。青梅市の山林で保護されたこのイヌワシは、その後にやってきた数羽のメスとの営巣・交尾行動を頻繁に見せ、繁殖への期待が高まります。そこに、1996年にメスの「小町」が、秋田県からやってきたのです。翌年に、青梅・小町ペアは営巣行動を見せ、1羽の雛が孵化(この雛は梅雨どきの雨で肺炎にかかり死亡)。さらに、その翌年の1998年、2羽の雛の孵化に成功し、どちらも巣立ちまでするという快挙を成し遂げました。多摩動物公園では、初のイヌワシの繁殖成功です。
「小町は秋田県で保護され、秋田市大森山動物園で飼育された後にここへやってきました。1996年には、新潟から越後(オス)と紫(メス)というペアも来園しています。このペアも1998年に1羽の雛を孵化し、巣立ちに成功しています。青梅・小町ペアと越後・紫ペア、このふた組はとても優秀で、2008年まで繁殖していたんです」と中島さん。
青梅・小町ぺアから初めて誕生した小梅(1998年生まれ)が、2005年と2006年に一羽ずつ雛を生むなど、多摩動物園ではそのほかのペアも繁殖に成功しています。
のちに、越後と青梅の2羽のオスは年をとったため引退します。
「青梅は白内障になり、飛べなくなってしまいました。繁殖期になると鳴いたりするので、体はまだまだ元気そうではあるんですけど」
高齢のため、保護ケージへと移された青梅(オス)。
青梅のペアだった小町は、その後にオスの望とペアになり、2015年に再び雛を生みました。これは、園にとって7年ぶりの繁殖成功として話題となりましたが、その裏には苦労もあったといいます。
「野生のイヌワシは、一度ペアになると一生の間一緒にいると言われています。片方が死なないと新しい相手を迎え入れることはない。小町の新しいペアづくりの時は、青梅を隔離していましたが、青梅の姿も見え、声も聞こえる場所にいました。そのため、小町を新しいオスと一緒にしてもそっちへ気がいかなかったそうです。それは望ではない別のオスでしたが、そのオスに怪我をさせたこともあったといいます。それで、その時の担当者が、青梅を違う場所に移そうと提案しました。私は当時青梅の担当でしたから、青梅には申し訳なかったけれど、離れた建物に移動させて。そこで、ようやく小町のペアづくりが成功したんです。離れた場所に移動したことが成功の原因だったのか、実際のところはわからないのですけど」
つがいの絆が強いとされるイヌワシならではのエピソードと言えるかもしれません。例えば、イヌワシと同じく森の王と呼ばれるクマタカは、強いオスが現れるとペアを変えることも珍しくないとか。同じような生息地にいる猛禽類であっても、種類によって性質は大きく違うようです。
「イヌワシは繁殖までに時間がかかる傾向があるかもしれません。ペアになって一年目は、一緒に巣を作るところまでいったらいい方。次の年に落ちついて卵をあたためてやっと雛のふ化にいたるという感じで。時間をかけて仲良くなっていくような印象があります」
またイヌワシは、オスもメスも子育てを行うことが知られています。どちらも同じ役割をこなし、どちらかが餌を採りにいって巣へ戻ると、抱卵を変わり、今度は相手が狩に出かけるのです。
「イヌワシの子育てを見ていると、経験がかなり重要なことがわかるんですよ。小町と望のペアは、当初、小町は子育ての経験が豊富で、望は未経験でした。そうすると、小町がいろいろとリードするんですよ。たとえば雛への餌のあげ方が雑だと、それをフォローしたり」
多摩動物公園の資料には、かつての青梅と小町ペアの育児の記録があり、小町が第1雛と第2雛の間に入り、喧嘩をさせないようにうまく子育てをした様子が残っています。野生では日本のイヌワシの雛は、99%の割合で、第1雛が第2雛を殺してしまいますが、小町はそれを避けるような子育てを行ったようです。何よりも、青梅・小町ペアは計6回も2羽の雛を巣立たせた実績があり、野生と飼育下での子育てにおけるイヌワシの違いが目立ちます。
青嵐(オス)と楓(メス)のいる繁殖ケージ。
野生個体のために動物園ができること
繁殖を幾度も成功させてきた多摩動物園ですが、2015年の小町の繁殖の前は2008年。7年の空白期間の原因は、新しいペアづくりに苦労したことのほかに、繁殖を制限したことにもあったそう。なにしろ、引退しても元気そうな青梅は、84年の来園。少なくとも32歳以上という年齢です。青梅だけでなく、秋田市大森山動物園にいる鳥海というイヌワシは45歳と言われます。イヌワシは実はとても長生きな生き物なのです。
「いいペアができるとそのペアの子どもがたくさん生まれるので、血統的に偏ってしまう。あるいは、そのペアがいなくなったら次のペアをどうつくるか、ということも難しい。1年に2羽ずつ増えていき、かつこんなに長生きな動物がいると、スペースが手狭になってしまう。それで繁殖の制限をしていた部分もあります」と中島さん。
もちろん、ほかの動物園へイヌワシを譲渡することもあるそうです。日本動物園水族館協会にはイヌワシの繁殖に関する検討委員会があり、毎年会議が行われています。最近では、繁殖経験のある阿賀野というオスが仙台市八木山動物園に、そして小楢というメスが須坂市動物園に多摩動物公園からブリーディングローン(繁殖を目的とした貸し出し)されました。こういった取り組みはイヌワシの生息域外保全(飼育下での生物の保全)はもとより、生息域内保全(野生での生物の保全)にも繋がっていくことが期待されています。野生のイヌワシがどんどん減っていく状況のなか、野生個体の動物園への導入と動物園の個体の野生復帰を将来的に想定して、野生のイヌワシの第2雛を動物園で育てる取り組みも検討されているそうです。
「そのためには雛の人工育雛や仮親にヒナを預ける技術の確立が必要になると考えられています。野生の雛を導入するための前段階として、2001年に動物園で生まれた雛を人工育雛したのですが、雛が人間に懐いてしまい、巣に戻しても親が餌をやろうとすると雛が親を怖がってしまったそうです。この後、人工育雛の方法や、ペアの間で雛を交換し仮親がどのように雛を受け入れるかの検証が重ねられました」
野生の場合、第2雛は兄弟殺しで死亡してしまう可能性が高いため、その雛を生かそうというこの試みがもし成功すれば、イヌワシをめぐる現在の厳しい環境に対しての、ひとつの光となりそうです。
日々世話にあたる中島さんのような担当者の視点から動物園で暮らすイヌワシの話を聞くと、イヌワシという動物が身近に思えてきます。個体によって性格も特徴も違う彼らを近くで見るにつけ、彼らと同じような、あるいはまた違う性格をしたイヌワシが日本各地の森に暮らしているのだという想像が、楽しくふくらんでいくのです。
赤谷の森でも、7年振りに巣立った幼鳥が親鳥に狩の仕方を教わるような場面に出会うことができました。イヌワシが暮らす場所それぞれのストーリーがもっと蓄積されていくと、イヌワシは私たちの身近な生き物であることが実感されるのかもしれません。そのきっかけづくりとしても、一度ぜひ、動物園のイヌワシを見に訪れてみてください。
上/正面から見ると、きりりとつり上がった目がより勇ましく思えます。中/絶滅の危機にあるイヌワシをめぐる状況、そのために動物園ができることを説明するパネル。下/「担当になると、その生き物の生態について深く知ることができて楽しいです」と中島さん。
2017年1月1日更新